【13】

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【13】

「ここに、出るんだ。……え?もしかして、だから、遠回りでもいいか、って?」  唇の端に煙草を咥えたまま、彼はどこか照れ臭そうな笑みを浮かべた。 「なんとなく。……なんか、ここ来たらあの時のお前がまだ泣いてるような気がして。いや、別にあの時お前泣いてはいなかったけど、……泣いてるように見えた。俺には」    なんで、ああいうことをしようかと思ったか。分からない。  ただ、あの契約書を見ていたら、ただの紙切れ一枚でなんでわたしは、こんなに苦しめられてるんだろう、と思えてきて――――。  今は、冬でもなく、あの時コートを着ていた彼はもう、上着を手にシャツは袖を捲っていて。桜の花びらは消え、揺れる水面は相変わらず派手な原色を映していて。  隣には、この人が居る。  彼は、短くなった煙草を携帯灰皿に捨てながら、独り言のように呟く。 「最初があんだけヤバかったんだから、家バレても何でも全部抱え込む覚悟でなきゃ付き合えねぇっつの」  風が吹いた。川の生温い匂いじゃなくて、初夏の夜の、緑を含んでひんやりした風だ。
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