尊氏の憂鬱

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 そんなことを言っていたのに、高氏ときたら。  四月。   足利高氏は、名越高家(なごえ・たかいえ)とともに幕府軍を率いて入洛した。  表向きは後醍醐天皇を奉じて戦う赤松円心、千種忠顕を征伐するためである。 「足利殿。来てくれて本当にありがとう。そなたのおかげで逆賊を征伐できるわ」  二十代半ばという若さで六波羅探題となった北条仲時(ほうじょう・なかとき)はこう言って感激した。  名越高家も高氏に、こう言う。 「そなたと戦えるのは嬉しくてたまらんわ」  と、二十前後の若者の武者ぶりを現し、酒を酌みあった。  その夜、従兄弟の家にあたる上杉邸で、高氏は布団の中に横たわっていた。 「後醍醐天皇と……戦えるのだろうか、私が」  高氏は宿とする、京の従兄弟・上杉入道の邸で、ぼんやりと布団をかぶっていた。 ――われ、必ず当家七代の子孫に生まれ変わって、天下の権を取らん。 ――我はできなかったが、三代のうちに天下を取らん。  祖先の言葉が頭の中でぐるぐるする。
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