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佐藤は弁当を食べ終わったのか、ポケットから花粉症の薬を取り出して、水筒の水で一気飲みした。いそいそとマスクをつける。その様子を見ながら、マスクを指差した。
「それより、佐藤。そのゴーグルとマスクだけ、もうちょっとなんとかならないのか?」
「うーん……」
佐藤は、困ったように笑う。マスク越しなので、さっきより少し声がくぐもっている。
「わたし、花粉症だからなあ」
「それは分かってるよ」
俺は、マスクをつけているだけで恥ずかしくなってしまうくらいなのに、佐藤はあれだけ人に嘲笑われようと、かたくなに外そうとしなかった。マスクが恥ずかしい、と自分が子供っぽい感情を持っていることを認めるのも、そんな感情を佐藤がひとかけらも持っていないのかと思うのもイライラした。
「でもね、これをつけて薬を飲むだけでいいんだよ!」
佐藤が勢い良く上機嫌に立ちあがった。弁当をベンチに置いて、膝丈のダサいスカートを翻して走り出す。俺の座るベンチを飛び越えた彼女を、思わず視線で追いかけて振り返る。
佐藤が大きく窓を開け放つと、桜の匂いをまとった暖かい風が勢い良く入ってきた。佐藤の頬を撫でたと思えば髪をなぞり、桜の花びらを舞い上げて、俺に襲いかかってくる。
「たとえば、窓の外の春の風を感じたいときとか!」
突然の風に思わず細めた瞳には、春の風をまとってボサボサの髪をさらにボサボサにさせた明るく笑う佐藤の姿だけが写った。どんなにみんなに馬鹿にされようと、マスクとゴーグルを手放せないくらい彼女は春が好きなんだと、一瞬でわかる笑顔だった。そして、教室では一回も見たことのない彼女の満面の笑みだ。
「佐藤……クシュッ」
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