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「国語の課題を集めまーす、私のところにもってきてくださーい」
教室にはのんびりとした女の子の声が響いていた。彼女は、黒板の前で体を一生懸命動かしてアピールしている。しかし、そんな彼女をくすくす笑う声が俺の耳には聞こえた。
「ほら、ウルトラマンが課題回収してる」
「えー地球防衛軍リストラされたとか?」
顔の見えない誰かの笑い声というのは、なぜ俺にはこんなに悪意にまみれて聞こえるのだろうか。イライラしながら、黒板の前の彼女を見る。花粉症用の分厚いゴーグルのようなメガネ、顔の半分は覆ってしまっている白いマスク。この垢抜けない中肉中背の女子・佐藤実里を、クラスの大半はウルトラマンと呼んでいた。対して上手くもないし、春しか使えないあだ名だ。こいつの存在が、俺の春のイライラの一つの大きな要因である。去年からクラスのなかでは浮いていたが、今年の春に新しいクラスになってからさらにひどい。ちょっとした無視や嘲笑は毎日のことだった。しかし、物を隠したりや暴力はない。ただただ裏で道化のようだと彼女のことを笑うだけ。今朝も、誰も佐藤のところに課題を出しにいこうとしない。誰も言葉で示し合わせたわけではないのに、不気味なくらい統制された教室。黒板の上に飾られた「団結」と書かれたクラス目標の模造紙が輝いてみえる。みんななんてこの紙に忠実なのだろう。そんな気持ち悪さとイライラを抱えながら、カバンから国語のノートを取り出す。それを見た木村は、ちょっと複雑そうな顔をした後に自分のノートを差し出してくる。
「なんだよ」
その意図は分かっている。しかし、不機嫌が隠せず思わず問うた。
「出してきてほしい」
良心と保身の間で揺れたその態度に、ため息をつきたいのをこらえて、無言でそのノートを受け取る。各々、「別になにも気にしていませんよ」というように演じてはいるが、彼女の元へ向かう俺の足取りを、教室じゅうのクラスメイトが見ている気がした。
佐藤の前に立つと、彼女はハっとしたようにこちらを見た。ゴーグル越しの丸い目が、しっかり俺を見る。
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