春の病

5/34
前へ
/34ページ
次へ
「梶原くん」 「ほら、課題」  課題を受け取る手が、少し震えているのがわかる。 「ありがとう」 それでも、なんでもない風に彼女は笑うのだ。この教室は誰もがそうだ。なんでもない、なんでもないと表面上では装ってはいながらも、内側はなんでもないということなんてない。そんなちぐはぐさが、どうしようもなくイライラを加速させる。 「どうもな」 課題を渡して無言で自分の席に戻ると、いつものへらへらとした笑いではなく、少し緊張で顔を強張らせて木村はそう言った。 「おう」  返事をすると木村はいつもの表情に戻り、朝の準備もそこそこに振り返って話しかけてくる。木村の顔を見ないように、しっしと手を振った。 「ほら、朝の会始まるぞ」 「中学生にもなって朝の会って意味わかんないよな。フツーSHRだろ」 「いいから前向け」 「ハイハイ」  木村が振り返った途端、灰色のスーツを着た副担任の坂本が入ってきた。動きはどこかぎこちなく、スーツもあんまり似合っていない。この春から新任らしく、いつも緊張していて飼いたての小動物のようだった。 「あ、朝の会はじめますね!」  精一杯の大声は朝の生徒たちのわいわい声にかき消される。この新任教師が春イライラの要因2である。クラスメイトもそんな坂本にイラつきを感じているようで、毎日なんとなく彼女を小馬鹿にするようなオーラが教室内にはあった。小難しい顔をした担任の広瀬が話し始めると、どんな小声でも教室内はスッと静かになるはずなのに、彼は今日出張らしい。 「あの、朝の会をはじめますよ!」  若くて甲高い声が弾ける。その声は悲痛で耳に残った。教室の半分くらいが彼女の方を向いた。しかし、教室は静かにならず、複数人は話し続ける。絶対に教室中に坂本の声は届いているはずなのに、無遠慮な笑い声が響く。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加