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シーク
本当は、僕はどっちでもよかったのだと思う。
彼女が、僕のことを覚えていようとなかろうと、どっちでもよかった。
それでも、諦めることができなかったというのは、やっぱりどちらかといえば「覚えていてほしい」という気持ちがあったということなのだろう。
大好きな人に、僕という人間がここにいて、僕と彼女がどういう関係だったのか。どんなことで笑い合い、どんなことで一緒に悲しみ、どんなことに怒り、どんなことを喜びあっていたのか。
いま、僕の隣を歩いている彼女は、どんな顔をしているだろう。
少し視線を動かせば眺めることができるけれど、敢えて僕はそうしなかった。
顔を見ずとも、雰囲気だけで、空気だけで、彼女の気持ちをくみ取れるようになりたかったから。
そして、僕は今、どんな顔をしているだろう。
「柊?」
ふいに、彼女が声をかけてきた。
「なんだよ」
ちょっとぶっきらぼうに返事を返すと、彼女はにっこりと微笑んだ。
「なにかいいことでもあった?」
「どうして」
彼女は微笑みを絶やさないままで言った。
「口元。にやけてるよ」
不覚だった。
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