第1章

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 婚約者が家財道具一式持って出ていったという事態は理解してはいたが、とにかく仕事が忙しく、ともあれ泥のように眠り、サンサンと差し込む朝日に叩き起こされてはすかさず出社する生活を続けていると、悲しむ余裕も事態に対応するリソースもろくろくありはしない。そうやって数日が過ぎたころにしばらく連絡も取っていなかった友人から電話がかかってくる。曰く、お前の婚約者のフェイスブックの交際情報が変更されているが大丈夫なのか? いったいなにがあったんだ? と。  は? フェイスブック? フェイスブックだと!? と100万年ぶりぐらいにフェイスブックにログインしてみれば、かつて私の婚約者だったそいつはアイコンもなんだかチャラい日本人とのツーショットになっていて○○さんと交際中ですとかステータスが表示されている。私のアカウントをブロックしてすらいない。そればかりか大量にアップロードされている半年に渡るアメリカ留学中の写真にはそいつがいくらでも写りこんでいる。ファック! 知らぬは私ばかりなりではないか! なーにが本格的にダンスの勉強をしにアメリカに行きたいだ! まるまる半年、海の向こうで日本人とファックしてただけじゃねぇか! ていうか写真に写っている頭の軽そうな連中は揃いも揃ってどいつもコイツも日本人ばっかりじゃねぇか! それアメリカ行った意味あんのか!? 俺の金で!? そう、俺の金でだよ! ファック!  一瞬にして全ての感情が怒りで塗りつぶされて、結局一切悲しむことがなかったのは僥倖と言えよう。怒りの感情に任せて寝食を忘れてバリバリ働いた私は案の定うっかりミスで大ポカをやらかしてしまい、しばらく暇を頂いてしまった。思えば何事につけ、ちゃんとやり遂げるということができないでいる人生だった。婚約者には土壇場で逃げられるし(カーテンまで持って!)、仕事も最後の詰めが甘い。これはとにかく、なにかしらひとつの事を自分のちからで最後までやり遂げる、という経験を積むことが喫緊の課題ではないかという思いがムクムクと大きくなり、なんにせよ仕事が暇になってしまった私は貯まりに貯まった有給を使ってやおら県内最高峰の3000メートル級登山に挑戦する。
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