雪虫

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 放課後の2-8。時計の秒針が聞こえるほど静かで、それが誠司の不安を掻き立てた。誰かに見られることが不安で、廊下から見えない壁際の席に座っていた。10分、20分と過ぎても三浦は現れない。誰かの足音さえ聞こえなくて、校舎にいるのが自分一人だけかと不安になった。  放課後に待つように言われたけれど、その放課後というのが何時までのことなのかわからなかった。職員室に行こうか悩みながらも芽生えたプライドが邪魔をする。とはいえ、言われた通りに待っていることにも釈然としない。そうやって今日も募る苛立ち。ぶつけるのは、またも罪のない机の脚を蹴る。  30分が過ぎたところで誠司の耳に初めて足音が届いた。だけど、それは三浦のものではなかった。にもかかわらず真っすぐ2-8へと向かって立ち止まった。  ドアを開けたのは葛西だった。白髪交じりの43歳の男性教師。寡黙で常に人より一歩引いた場所に立ってフォローに徹するような人間。自分から生徒に話し掛けることはない。良く言えば生徒に自主性を促すタイプ。悪く言えば無関心に近い職務放棄。 「待たせてしまったね」  どうやら葛西は間違って入って来たわけでなく三浦からの要望を受けて、柄にもない説得をしに現れたのだ。 「三浦先生から聞いたよ。君の口からもちゃんと聞かせてもらえないか?」  葛西らしい話の入り方だった。三浦が教師だとしても、三浦の話だけを鵜呑みにするのではなく、ちゃんと誠司の話にも耳を傾け、語らせることで自分自身で間違いに気づかせる手口。自分の意見を押し付けることもないし、否定的な言葉も一切使わない。だけど、それは優しさであったり、明確な教育論ではない。ただの責任逃れなんだと誠司は感じていた。
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