0人が本棚に入れています
本棚に追加
三浦の表情に初めて怒りを見た。パンドラの箱のキーワードは葛西だった。三浦のポケットから携帯の振動音が聞こえた。三浦は確認しようとはせず、逃げるように階段へ向かった。
「どこへ行くの?」
誠司は着信の相手が葛西からで、これから三浦が向かうのも葛西のもとだと思った。無視を決め込んで階段を上がる三浦のポケットから振動する携帯を抜き取った。画面の表示はやはり葛西からで、着信はそこで途絶えた。
「返しなさい」
「どういう関係なの?」
「返しなさい」
「孤立しているところを優しくされて惚れちゃったの?」
「返しなさい」
「それってマズいよね? あいつ結婚してんじゃん」
「返しなさい」
「先生の誕生日っていつだっけ?」
誠司は三浦の答えを待つことなく、携帯のロック画面に三浦の誕生日を打ち込んだ。解除されたホーム画面。LINEを起動するとそこには誠司の求めていた答えが記されていた。
(ずっと愛しています)
誠司は前後の文章なんて頭に入ってこなかった。何であんなおっさんを愛しているのか? ずっとって、いったいいつからなのか? 受け入れがたい真実を握りつぶすように携帯を持つ手に力が入った。
「返しなさい」
「嫌だ」
「怒るよ」
「バラらすよ」
「脅すの?」
「そうだよ」
「何のために?」
「俺と付き合えよ」
「くだらない」
三浦は奪い返そうともせずに、階段を上がっていった。それが現実逃避なのか、なめ切っているのかは誠司にはわからなかった。
三浦に携帯を返したのは翌日の朝。HRが始まる前に職員室で手渡した。受け取った三浦は怒ることもなく、精気を失ったように座っていた。
「おめでとうございます」
三浦から離れたデスクに座る葛西に向けた祝いの言葉。多くの教師に囲まれて、携帯の画面に写る第一子をお披露目していた。43歳にして初めての子供。長らく成果の出ない不妊治療に苦しんだ末に生まれた待望の赤ん坊だった。それが三浦との不倫の終わりの決め手だった。LINEの盗み見によって状況を理解していた誠司。
最初のコメントを投稿しよう!