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「俺だったら裏切らない」
一人だけ祝福の輪に入らない孤立した三浦の弱みにつけ込もうとした。三浦が鼻で笑った。それは誠司に向けているようでいて、自分に対して笑ったように見えた。
その日の放課後、2-8に呼び出された誠司。待っていたのは葛西だった。
誠司が教室に入るなりいきなり土下座をした。三浦とは別れたことを告げられ、生まれた子供が未熟児であること、15年越しの思いであること、妻がもともと体が弱く、長い不妊治療のせいで精神的にも不安定であることを訴えかけられた。
葛西の言葉は廊下へと響くことを恐れて、糸電話でも聞いているように頼りない声。下げた頭は黒髪よりも白髪が目立っていた。生徒に対して躊躇なく土下座をするのは、愛する者のためだった。その対象から三浦は外されてしまっていた。
「三浦のことはどう思ってんの?」
「誓ってなんとも思ってない」
昨日盗み見た三浦のLINEの最後のやり取りが浮かんだ。必死に関係を継続させたい三浦に対して、葛西が送ったメッセージで途切れていた。
(迷惑だ)
その時の三浦の気持ちを思えば、この場でこの糞野郎を蹴り殺してやりたくなった。ちょうど土下座の体勢で、床に触れた頭はサッカーボールのように蹴り易い位置にあった。
「頼む・・・頼む」
床の木目が滲むほど涙を流していた葛西。あまりの情けなさに怒りよりも憐れみを思った。
「糞野郎」
誠司は葛西の要望に応えることなく教室を出ていった。
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