雪虫

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 誠司がいくら電話を掛けても出てくれない。LINEを送っても既読にならない。三浦が休んでいた1週間が不安で仕方なかった。母親が危篤という中で、三浦がどんな状態でいるのか想像がつかなくて、支えが必要なら自分が手を差し伸べたかった。プライドだとか嫉妬だとかそんなことを考えている余裕なんて誠司にはなかった。だから、葛西を頼った。 「申し訳ないけど、私には何もわからないよ」  葛西は三浦とは一切連絡を取っていないと言った。携帯を買い替えて、番号も変えて、三浦の連絡先も消したという。実際に携帯を渡されて確認を求められた。さすがにウソを言っているようには思えなった。 「先生の誕生日教えて」  誠司の唐突な質問に不信を感じながらも葛西が答えた。 「10月23日」  三浦のこの世で一番大切な人は葛西ではなかった。本当に三浦と連絡を取っていないんだと確信した。  その日の夜に着信があった。相手は三浦からだった。だけど、誠司の携帯はマナーマモード。誰にも睡眠を邪魔されたくなかったからだった。暑くなって脱いだスウェットの上で振動しても音は吸収されて、寝ている誠司の耳には届かなかった。  遅刻ギリギリで目覚めて、三浦の着信に気づいた誠司。折り返しの電話をしても出てくれなかった。急いで登校して、職員室へ向かったけれど、職員会議で会うことが出来なかった。健気に廊下で待っていた。 「おはよう」 「おはよう」  職員室から出てきた三浦は、かわらずに挨拶を返してくれた。誠司は電話に出られなかったことを謝りたかった。だけど、他の生徒たちがいる廊下でそんな話は出来なかった。  HRが始まった。教壇に立った三浦が神妙な顔をして、1週間も休んでいたことを詫びると、3日前に母を亡くしたことを告げた。教室の生徒たちは無言だった。日頃から三浦が生徒たちに接していた距離感がそうさせた。  三浦のために泣く生徒はいなかった。HRが終わって三浦が教室を出ていくと、生徒たちの関心は三浦の母の死よりも、無言の時間について笑っていた。ちょうど前のドアから出ていった三浦が、後ろのドアを通過していく姿が見えた。間違いなくその笑い声が聞こえていた。  教室を飛び出した誠司が三浦を追った。職員室へ戻るはずの三浦は階段を下りずに、真っすぐ廊下を進んで2-8へと入っていった。
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