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翌日の昼休み。誠司がひとりでトイレに行こうとしたら武人がついてきた。それは初めてのことだった。
気まずさを感じながら二人で廊下を出た。久しぶりに背の低いあの子が連れの子とふたりで待っていた。
「おはよう」
声を掛けたのは武人だった。
「おはようございます」
背の低い子が答えてきた。でも、その相手は武人ではなく誠司に対してだった。
「おはよう」
誠司が答えると、低い子の嬉しさが口元にこぼれて見えた。武人の不可解な行動の理由がはっきりした。低い子と武人が繋がっていて、誠司との仲を取り持とうとしていた。
低い子の名前は七瀬由姫(ゆめ)。一個下で武人とは親同士が仲の良いご近所だった。三浦との関係に気づいたのは由姫。昨日、誠司がフラれたことを武人に伝えられて、諦めかけていた心に再びエンジンを掛けてきた。
それから毎日のように由姫は誠司を待つようになった。だけど、誠司が見ると恥じらって目を逸らす。誠司が視線をはずすと振り返る。そうやって何度もすれ違いながらも、「おはよう」の挨拶が言いたくて待っている。でも言えなくて悲しんでいる。誠司としても一度挨拶を交わした手前、無言で通り過ぎることは心が痛む。
「おはよう」
「おはようございます」
由姫は連れの子と一緒に教室へ戻っていった。ウサギみたいに弾むような足取りだった。
塾帰りの電車。たまたま誠司が乗り込んだ車両に由姫が乗っていた。由姫も塾の帰りなのかと思ったけれど、由姫には否定された。
「じゃあ、どこに行ってたの?」
由姫は追い詰められたように困惑して黙り込んでしまった。誠司は話題を変えて話を続けた。ほとんど一方的な会話。それが電車を降りて分かれ道まで続いていた。去り際になって由姫が打ち明けた。
「アイドルのLIVEに行っていました」
引かれてしまうことを恐れて言えなかった。それでも打ち明けたのは沈黙によって嫌われるのを恐れたからだった。
「よく行くの?」
不自然な間が開いて答える由姫。
「2回目です」
「本当は?」
「5回目です」
嘘つきだけど正直な由姫。誠司は久しぶりに心の底から笑ってしまった。
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