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結局その日は三浦の授業もなくて話すチャンスすらなかった。帰りのHRが終わって、教室を出ていった三浦に挨拶をした誠司。
「さよなら」
三浦はそれすらも答えることなく、嫌がらせのように隣のクラスの生徒に対して自分の方から挨拶をして去っていく。
三浦の足もとは黒いパンプス。ヒールの高さは3cmと低くとも、この学校の長い廊下を歩けばその音はよく響いた。誠司にはそれが弾むような音に聞こえて、三浦があざ笑っているように感じた。
モテるのかモテないのか。その二択で問われたならば、誠司は間違いなくモテる方だった。普通の中学2年生が望む経験はすでに済ませている。それは2クラスしかない同級生の中では少数派。見下すようなことはなくとも、経験しているか、していないかの差は、未経験の側が勝手に感じてしまうもの。同級生を相手にした場合は、誠司が精神的に優位に立っていた。
「先生」
誠司の問いかけに三浦は答えることも、振り向くこともなかった。誠司はぞろぞろと教室から出てきた生徒たちを掻き分けて進むと、油断しきった三浦の腕を掴んだ。反射的に振り向いた三浦の表情が強張った。でもそれも一瞬のことで、誠司の瞬き一つで場面が変わったように三浦の表情は冷静さを取り戻していた。
「なんですか?」
三浦の言葉で引き下がったのは仕掛けたはずの誠司だった。学校の廊下。生徒たちの視線。この状況で優位なのは明らかに誠司の方だった。それでも臆することなく視線を合わして、掴まれた腕を振り払うことすら三浦はしなかった。
「さようなら」
「さようなら」
誠司の目的は達成された。無視を決め込んでいた三浦から言葉を引き出させたのだ。なのに、手に残った感触は敗北感だった。
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