雪虫

8/44
前へ
/44ページ
次へ
 翌日、目覚めた誠司の朝は、昨日と同じ時刻でいつもよりも30分早かった。目覚ましもかけていないのに起きてしまったことに苛立った。また昨日と同じよう三浦の通勤に合わせて家を出るつもりなのかと、勝手に脳みそが判断したのだと思った。シャワーの時間も歯を磨く時間も無意識に長くなっていた。 「フラれたのか?」  無神経な父親の言葉に感情的になってしまった。 「うるさいな」  いつも通りの時間に出ようとしていたのに、父親の一言のせいで居づらくって、結局30分も早く家を出ることになってしまった。さすがにバスで通っているとわかっていたので、大通りで待つような愚かなことはしなかった。  誰もいない教室に登校したのは初めてのことで、何もやることがないので机に伏せて寝ようとした。だけど、目を閉じても脳裏に浮かぶ三浦の姿。苛立ちがつのって、無意味に机の脚を蹴った。  チャイムが鳴って、朝のHRに現れた三浦から視線を逸らした。無関心に徹する三浦に対抗したつもりだった。だけど、それは三浦にとって望むところで、誠司だけのひとり相撲でしかない。  そのまま1限目が三浦の国語の授業で、前回の授業で途切れていた教科書の音読から始まった。順番は席順で4番目が誠司の番だった。だけど、三浦から誠司の名前は呼ばれず飛ばされてしまった。 「先生ひとり飛ばしてますよ」 「あら」  クラスの女子の指摘にとぼけた三浦。絶対ワザとだって誠司は思って読むことを拒んだ。 「読みたくない」 「そう、じゃあ次の人」  恥ずかしいほど子供みたいにスネた誠司だけれど、幼い子供の我がままを聞き流すようにそっけない対応で、読み手は後ろの生徒へ引き継がれてしまった。  コケにされて、屈辱を味わって、勝手に目覚めてしまうほど潜在意識にまで三浦の存在を侵されて、関心を引き寄せたくて無様にスネた誠司。  まるで初恋でも始まったみたいな自分に苛立って、三浦に対して恋愛感情を認めたくなくって否定しても、じゃあ、三浦にどうしたいのか。どうなりたいのかってことの答えが見えなくなってしまうだけだった。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加