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「じゃあ、この前の続きからね」
僕は先輩からホチキスで綴られた分厚い書類を渡される。書類には本の名前や管理ナンバー、それにABCといったアルファベットが並んでいる。
この書庫にある本のうちの半分くらいは、もともとは表に並んでいる開架図書だった。しかし前述の自習スペース拡大に伴う改築で置き場所がなくなり、閲覧数の少ない順番にこの書庫に移動されることになったのだ。もともとは押し出す形で書庫の本も廃棄する予定だったらしいのだが、資料的価値がどうのこうのという理由で、本棚を増やしてすべて保管することにしたのだという。ごもっともなことだが……それを整理して保管する人間も必要だということには、みんな思い至らなかったらしい。その役目は図書委員に押し付けられ、以前よりも仕事量の増えた図書委員は人気がなくなり、結果として僕みたいな外部の人間の手も借りなくてはならなくなっていたのだから。
「今月中に、この棚くらいは終わらせたいんだけどね」
書類のアルファベットは、本の状態をランク分けしたものだ。Aは完品、Bは使用感有、Cは傷み有――といった具合に。それ以下の状態のひどいものに関しては処分という道を辿ることになる。といっても、書庫の本の大部分はAかBの状態にあたる。ほとんど読まれることがないから書庫にしまわれているのであって、人の手に取られない本が激しく傷むことなんて、普通はない。
それに書庫の本をわざわざ借りようとする生徒もほとんどいない。一度ここに入ったら、よほど特別な事情がない限り外に出て行くことはない。だから本の状態が激しく変わることは基本的には無い。実際にこれまでに僕がチェックしてきた本の状態も、去年とまるで同じだった。
だから本当は、こんな作業を生真面目にいちいちこなしていく必要もないのだけど……橘先輩という人は、そういう「ずるいやり方」が大嫌いなのだった。
「じゃあ、僕はこっちの続きから行きますね」
「うん、頼むわね」
先輩はそう言って本棚の向こうに歩いていった。さっきまで先輩が立っていた場所には、古本のにおいに混じってフローラルな女性の香りが残っていた。
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