プロローグ、僕らにある光

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 書庫の本を手に取っていると、確かにこれは誰にも読まれないだろうなというタイトルの本ばかりが並んでいるのがわかる。『古代メソポタミアと近代日本の過ち』『皇帝ペンギンと暮らして』『世界経済論』――恋に部活に勉強に、と忙しい青春を送っているような生徒は目にも留めないような本ばかりだ。本の最後のページに貼られている貸出記録にも、日付のスタンプがまったく押されていないものも少なくない。いったい当時の図書委員は、どんな裁量でこれらの本を図書室に入れたのだろう?  それでも中には僕の興味を惹くような本がいくつかあって、小さな頃は読書家として鳴らしていた僕は、つい作業の手を止めて中をぱらぱらとめくってしまうことがあった。 「作業はどう? ……あら」  しかし、橘先輩が近づいてくる足音すらも聞き逃していたのは今回が初めてだった。 「珍しいわね。谷合クンも本、読むんだ」 「ええと……まあ、はい」 「気になったのなら借りていけば? そのための本なんだし」 「でも、閉架図書を借りるのは面倒だって話でしたけど」 「普通の人はね。でもあなたの目の前にいるのは図書委員よ? なんとでもなるわよ」  僕は先輩に押される形で、手にしていた本をそのまま借りていくことになった。  実際のところ、閉架図書を借りるには面倒な手続きが必要となる。書類に必要事項を記入して、捺印をした上で担任の許可をもらわなければならない。見捨てられた蔵書に対する処置としてはやりすぎともいえた。書庫の中にはそれなりに資料性の高い文献もあるから、というのが理由だったが、そうした煩雑さが災いして誰の手にも取られなくなっている本がたくさんあるという現実に関しては特に議論はなされなかったようだった。 「はい、じゃあこれに本の名前を書いてね」  だから先輩が僕にメモ帳の切れ端を渡してきたときには、ずいぶん拍子抜けしてしまった。 「こ、この紙にですか?」 「うん。その本をあなたが持っていること、私がきちんと覚えておくから」  先輩は小声で「他の人には内緒よ」と付け加えた。先輩は対外的には真面目で不正を許さないのだが、自身が納得のいかない制度に関しては、こうやってこっそりと抜け道を作ったりするのだ。  僕は小さく頷いて、メモ帳の切れ端を本の表紙に敷いて名前を書いた。 『月と六ペンス』  その本のタイトルが、僕と先輩の初めての秘密だった。
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