彼、高橋冬彦の場合①

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「お、はようございます…」 ためらいはあったが、わたしも社会人。しかも相手は派遣先の会社の上司。ここは大人の対応を。 高橋さんへ挨拶を返した所でタイミング良くエレベーターのドアが開いた。前の人たちに続いてエレベーターに乗り込む。エレベーターとオセロは角を取った者が勝つ。しかし、すでにエレベーターの角は取られていた。仕方がない。わたしは左の壁に寄り添うように立った。そして忍法わたしは壁の術。高橋さんは反対側に立った。 エレベーターは順調に各階に止まっては人を吐き出して行く。あ、しまった。わたしと高橋さんが働いているフロアは13階だ。このエレベーター、15階までということは…想像するよりも早くそれは現実になってしまった。いつの間にかエレベーターの中にいた人は片手でも足りるほどの人数になっていた。わたしと高橋さんを隔てるものもない。そして今、また一人。高橋さんの後ろに立っていた人がエレベーターを降りた。高橋さんが壁に背中を預けるように少し、後ろに下がる。 わたしは壁、わたしは壁。と呪文のように頭の中で唱えていると。 「土日も働いてるんですか?」 わたしは壁。 「バイト? 派遣?」 わたしは壁。 「あ、もしかして趣味だった?」 「仕事です」 忍法わたしは壁、やぶれたり。
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