彼、高橋冬彦の場合①

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エレベーターが13階に到着した。高橋さんが先に降りて、それに続く形になる。だってしょうがないじゃないか。同じ部署、同じグループ、机だってすぐ近くなんだから。上司なんだから。 エレベーターを降りた所で高橋さんは肩越しに振り返り、わたしを見ていた。なんとなくこれ、待ってた感じ? わたしが高橋さんを追い越そうとすると、高橋さんも歩き出した。やっぱりこれ、仲良く並んで歩く感じ? 「一応言っておきますけど派遣のダブルワークは珍しくも何ともないですし、GM(グループマネージャー)はご存じです。面接の時にお話してありますから」 「仕事の内容も?」 「そこまで説明は求められませんでした」 あと少しで廊下が終わる。うちの会社はセキュリティカードを入口でかざす。わたしと高橋さんの机に一番近い入口はこの廊下の先を左手に進む。だが、そこをわたしは敢えて右へ曲がろう。出社前にトイレに行くというルートだ。勝負はそこだ。 と、わたしが仕掛ける前に高橋さんが。 「じゃあ説明してもらおうかな」 「は?」 「今日、仕事の後空いてる?」 「はい?」 その時、頭の中で鐘の音が聞こえた。いや、鐘じゃない。試合開始のゴングだった。
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