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紫煙
暗がりの中、人の動く気配を感じて目が覚めた。
顔を動かさず目だけで様子を伺うと、それまで横に寝ていた彼がベッドから抜け出したところだった。
帰り支度を始めたということは、午前0時を回ったのだろう。
彼は私に気を遣っているのか、電気を点けず真っ暗なまま、自らが床に乱暴に脱ぎ捨てたワイシャツとネクタイを探している。
(気を遣うとこが間違ってるんじゃない?)
少しムッとしたが、とりあえず寝たふりをしておく。
しばらくすると、彼はようやくネクタイを見つけたのか、寝室を出てリビングの先の洗面台に向かった。
ベッドの中からでも洗面台の明かりが点いたのが分かる。
(どうしてもネクタイは締めて帰るんだ…)
まもなく彼が戻ってきて、寝たフリをしている私の肩を軽く叩いた。
「起こしてごめん。帰るから…」
今、目が覚めたフリをして布団から顔だけ出し、頷く。
(“ごめん”は、起こしたことに、だけ?)
ベッドの中の都合のいいオンナが頷いて満足したのか、どこかホッとした表情を浮かべ、彼は玄関のドアを開け足早に出て行った。
「ドアの鍵締めなきゃ…」
声に出して呟く。
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