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おずおずと寝室を出て行った彼を追い、玄関で靴を履くために身を屈めた彼に声をかける。
「私たち、もうやめましょ?」
「なんだよ、急に…」
「こんな関係を止めるのに理由が必要?」
私は極力冷たい声で突き放す。
“氷の女”を演じてないと、この後確実に訪れる後悔と寂しさが怖くて、震えてしまいそうだ。
「なんで急にそんな事を…」
「やめて。こんなところで大きな声出さないで。他の部屋に聞こえるわ」
彼も玄関でしばらく粘ったが、無言を貫いた私に呆れたのか、それとも別れを受け入れたのか、無言で帰っていった。
彼が部屋を出ていった後、ドアにもたれてしばらく放心状態でいた私は、自分の頬を伝う涙に気づき、我にかえる。
これでいいんだ…
もともと、好きになってはいけない相手。
それは彼だってわかってるはず。
都合のいいオンナと別れるきっかけを言い出せないでいる彼を、いい加減解放してあげないと…
私は知っていた。
私とこういった関係でありながらも、彼はずっと奥さんを愛していることを。
私の部屋に来て、どんなに遅くなってもネクタイを締めてから帰る彼。
終電を寝過ごさないよう、腕時計を付けたまま寝る彼。
私の部屋にいる時は、わざわざ携帯を機内モードにしている彼。
こちらが会いたいと甘えてみても、絶対に平日の夜しか会ってくれない彼。
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