藍煙

4/5
148人が本棚に入れています
本棚に追加
/47ページ
そして、私に対してははぐらかしてばかりで、絶対に“愛してる”とか“好きだ”と言わない彼。 私といる時でさえ、いつも頭の片隅には奥さんがいるのだ。 以前、自分の中の禁を破って、管理職だけに配られる社員連絡網に記載された彼の住所を調べ、一度だけ自宅まで行ったことがある。 よく晴れた休日の午後の、郊外の団地の中の一軒家。 小さいながらも、幸せそうな家庭。 彼の姿は見えなかったが、庭にはガーデニングに勤しむ若い小柄な女性の後ろ姿があった。 大きく開けられたリビングの窓の向こうから、子供向けテレビ番組の楽しそうな歌が聞こえてくる。 私はしばらくその場に立ち止まり、垣根越しに様子を見ていたが、何かに気づいた庭の女性が立ち上がって振り向いたので、怖くなって足早にそこを立ち去った。 行くんじゃなかったと、後悔して涙を浮かべながら歩いた帰り道。 あの日、何故後悔するのが分かっていながら、彼の自宅に行ったのか。 その当時は自分の行動の意味が分からなかったが、今なら分かる。 幸せなそうな家庭をあえてこの目に焼き付けることで、私も、自分のココロにケリをつけるキッカケにしたかったのだ…     
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!