1-① 理想はハーレー、現実はカブ

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 こうなると話が長い。吟子は慌てて、営業カバンを手に持つと、 「すみません、支店長。あたし、そろそろお客様のところへ行かないといけませんので」  愛想笑いを浮かべながら、頭を下げて、そそくさとその場から逃げようとする。 「ん? そうか? いまから僕の若い時代の面白い話を聞かせてやろうと思っていたのに」 (冗談じゃないわよ、武勇伝はスナックのおばあちゃん相手にやっとくれ) 「ま、続きはまた今度の飲み会にするか。それじゃ五十嵐さん、気を付けていってらっしゃい」  秋山支店長はそう言うと、また机の上の新聞に目を通し始めた。  最近、部数をめっきり減らしていると評判の地方新聞である。  支店長は毎日のように、経済新聞のほか、地方新聞にもこまめに目を通すのだが、それにどれだけの意味があるのか、吟子にはよく分からなかった。 (新聞、せめてネットで見たらいいのに。せっかく、支店長にはネットに繋がったパソコンを使う権限があるんだから)  などと思いながら、吟子は支店の駐輪場に向かう。  原付が二台置かれてある駐輪場だ。  吟子はそのうちの一台に近付き、黒いカバンを載せる。カバンの中には、仕事に必要な道具がいろいろと入っているのだ。 「お仕事、お仕事……」     
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