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商店街のほぼ中央に位置する花屋【フラワーむらかみ】では、白髪の老婆が笑顔で出迎えてくれた。店主の村上さんだ。
「バイクで商店街を隅々まで回って、大変でしょう?」
「いえいえ、とんでもない。やりがいたっぷりですよ。みなさんのための神山銀行ですから~」
「お上手なこと言って。いつも大変ねえって、近くのお店の人とも話しているのよ」
「いえいえ、本当にやりがいを感じていますよ。特にこんな晴れた日の集金は、空が気持ちいいですし!」
村上さんの言う通り、やりがい云々は多分に社交辞令なのだが、しかし後半のセリフはまんざら嘘でもない。青空の下を原付で走るのは、それが仕事であったとしても、けっこう気分が良いものだ。
それに吟子は、この集金業務がそれほど嫌いではなかった。薄暗い支店の中で上司の話に付き合うよりは、外回りをしてお金を預かるほうがよほど気が楽だからだ。
もっとも、雨の日の渉外は苦痛で仕方がない。雨ガッパをかぶって、スーパーカブで町を走り回っていると、寒いやら、濡れるやら、髪がびしょ濡れでうっとうしいやら。おまけにお客様からお預かりした現金や通帳が濡れてはいけないと、ビニールに包んだりもして、手間もかかる。面倒くさくて泣きたくなるのだ。
だから今日のような、天気のいい日は、苦労でもなんでもないのである。
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