1-③ 夢は手軽に叶わない

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 そして光瀬町支店は、係長が存在せず、支店長、次長、代理のスリートップと、吟子を含む四人のヒラ行員で構成されていた。  そのスリートップ。  吟子の様子がおかしいので、ひそひそ声で話しあっている。 「恋人ができた? まあ確かに、五十嵐さんは美人だが」 「しかしうちに入行してから、浮いた噂ひとつなかったですな」 「顔は可愛いのに、性格が男らしすぎると、同期の間ではもっぱらのうわさらしいです」  代理のひとことに、支店長と次長は、なるほど、と首肯した。  本人が聞いたら激怒するに違いない。 「……とにかく、本当に彼氏でもできたんじゃないかね」 「まさか神山銀行の人間じゃないでしょうね」 「そうだとしたら、転勤に影響しますがなあ」  銀行員同士の恋愛は、別にご法度ではない。行員同士の結婚もよくある。  ただし、同じ支店の中でカップルになるのは許されない。不正や業務ミスなどの原因になりかねない、という考えからだ。  なので、もし吟子が神山銀行の行員と恋愛をしていた場合、その行員がいる支店には決して転勤しないことになる(もちろん、支店長たちの心配は杞憂なのだが)。  そんなおじさんたちの無責任な話とは裏腹に。  吟子はとにかく有頂天であった。     
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