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「そうでもなかろ……定期も投信もクレカもさほどのノルマは課していない――いや、もとい、代理。うちの銀行にノルマはないぞ。目標ならあるがな」
「お、すみません。これは失言でした」
「とにかく五十嵐さんの様子が変だ。どうしたものか」
――などと、昼下がりの光瀬町支店はとにかく暇であった。
そこへ、融資係のヒラ行員が吟子のところへやってきた。
若い男性行員である。
「やあ、五十嵐さん。光瀬町商店街にはもう行った?」
「あ、はい、もう行きました」
「お、そうか。なら、もう聞いているのかな」
「はい? なにがですか?」
「大瀬良食堂の件さ」
「え」
吟子は、まさかCMの話かと思った。
CM出演の話は、まだ支店のだれにも話していないが――
もしも本当に、出演することが決まったら、やはり上司には一言言うべきだと思っている。
だが、上司に話す前に、まさか同僚にバレるとは?
しかし融資係が口にしたのは、まったく別の話だった。
「大瀬良食堂、雨漏りしているらしいね」
「へ? 雨漏り?」
「あそこの常連さんが、さっき支店に来たんだけどさ。……聞いたんだよ。ほら、おととい、雨がめちゃくちゃ降っただろう? そのときからあの食堂、雨漏りがしまくって大変なんだって」
「雨漏り? 大瀬良食堂が?」
確かにあれだけ古い食堂なら、そういうこともあるかもしれない。
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