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『もともと吟子ちゃん、銀行員なんか目指してなかったもんね。昔の夢はモデルだったもんね』
「だった、じゃないよ」
吟子は、力強く否定した。
「いまでも、よ」
吟子は、モデルになりたかった。
小学生のころ、テレビに出てきて、きらびやかに活躍している美女のモデルに憧れた。
都会のど真ん中で、長い脚を組み、コーヒーを飲んでいるその姿を見て、自分もああなりたいと強く願ったものだ。
ところが吟子は長じても、いまいち背が伸びなかった。身長は百五十二センチ。どう考えても小型である。顔立ちそのものは可愛らしく、笑顔には独特の愛嬌があるものの、サバサバした性格も相まって、その雰囲気は都会のモデルとはいいがたい。
それでも学生時代の吟子はなんとかモデルになろうと、牛乳を飲んだりササミを食べたり、せめて肉体を引き締めようと空手に挑んだりもした。
だがその結果、得られたものは空手の県大会優勝の称号のみ。
モデルとは程遠かった。
「子供のころは、こんな田舎の銀行員をやるなんて思いもしなかった……」
『それでも銀行にいるだけ、マシな気もするけどなあ。そもそもなんで銀行に入ったんだっけ。まさか名前がギンコだからじゃないよね』
「まさか」
吟子の名前は、母親の趣味が詩吟だったので、そこから名前をつけられただけだ。
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