304人が本棚に入れています
本棚に追加
吟子は目を伏せた。
参った。見通しが甘かった。
やはり支店長は伊達に出世していない。
あと二十五万円。
たった二十五万円、されど二十五万円だ。
その金が足りないばかりに、食堂の雨漏りは直せず、大瀬良さんは落胆し、吟子のCM出演の話も危うくなるのだ。
(いっそ、あたしが二十五万円を食堂に貸すか……?)
それくらいの蓄えなら、ある。
毎月、少ない給料の中から積み立てをしているし、財形貯蓄もしている。財形貯蓄は銀行も推奨していて、千円ごとに三十円の補助がつく。すなわち、神山銀行の行員は、月に一万円、財形で貯蓄をすれば、三百円、余分に貯蓄できるということだ。銀行の福利厚生の手厚いところだ。
(だけど、銀行員が取引先に個人的にお金を貸し出すなんて、許されないよね。いや、でも……)
心の中で逡巡する。考えてしまう。
だが、そのときだ。秋山支店長が口を開いた。
「五十嵐さん。もう少しだけ視野を広げなさい」
「え」
「日誌だけじゃない。日ごろ、上司や先輩がどんな仕事をしているか」
(……どんな、って)
吟子は、支店長の日々の行動を思い出す。
最初のコメントを投稿しよう!