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「ああ……こんなところから、早く抜け出したいわ。……あたし、お金もうちょっと貯めたら本当に銀行、やめようと思うんだ。絶対に都会に行く。母親からまた反対されるかもしれないけど――」
『吟子ちゃんのお母さん、シングルマザーだもんね。ひとり娘が都会に出ていったら、そりゃ寂しいよね』
「うん。……でも、今度は母さんの頼みも聞かないよ。あたしの人生なんだから」
吟子は、はっきりと言った。
「あたし、絶対に銀行をやめるわ。こんな田舎から出ていってやる!」
『ぎ、吟子ちゃん、声が大きいよ。ねえ、大丈夫? いま銀行の昼休み中に電話してるんでしょ? 近くの同僚の人に聞かれたらまずくない?』
「大丈夫、大丈夫。いまあたし、女子更衣室にひとりなんだよ。銀行って交代で昼休み取るからさ」
『でも、更衣室にだれかが来たら――』
「うちの支店、あたししか女の行員いないから。だれかがこの部屋に来る可能性はゼロ」
神山銀行光瀬町支店は、七人しか行員がいない。
なにぶん、ド田舎にある小さな支店なので、それだけでも支店が回ってしまうのだ。
「ほんと、田舎の中の田舎で働いてるなって思うよ」
『そうだねえ……』
「なんでこんな人生送ってるのかね、あたしは……」
嘆息と共に言葉を吐き出す。
すると加奈が、くすっと笑ったのが分かった。
『疲れ切ってるね、吟子ちゃん』
「まあね」
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