1-① 理想はハーレー、現実はカブ

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1-① 理想はハーレー、現実はカブ

「……それにしても平和な銀行ね」  吟子は思わず、ぽつりとつぶやいた。  ある日の神山銀行光瀬町支店である。  午前十時。  支店が営業を開始して、もう一時間になる。  それなのに、窓口にもATMにもお客様はまったく来ない。  田舎の支店の現実だった。企業がなんらかの決済をよく行う五十日ごとうびか、年金受給日でもない限り、小規模支店の窓口テラーはどこかヒマなのだ。 「一日くらい、こっそり閉店しても大丈夫なんじゃないかなあ、この店……」 「五十嵐さん、なにをブツブツ言っとるのかね」  支店長席で、新聞を読んでいた秋山支店長が顔を上げた。  五十五歳。でっぷりと太っている、オールバックの壮年である。  支店長は、この支店では一番偉い。  さすがの吟子も、支店長から独り言をツッコまれ、 「あ、いえいえ」  と、笑いながら手を振ってごまかした。 「今日は天気がよくていいなあ、と思っていました」 「うん、そうだな。確かに気持ちいい天気だ。外回り営業も楽しいことだろう」 「そうですね」 「ああ、若いころを思い出すなあ。日本晴れの青天の下、お客様のところを駆けずり回っていたもんだ……」  支店長が遠い目をしだした。     
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