1-③ 夢は手軽に叶わない

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1-③ 夢は手軽に叶わない

 CMの話が来てから数日間、吟子はニヤニヤしっぱなしだった。 「うぇへ、うぇへ、うぇへへへへ」  どう見ても変人だった。  無理もない。  CMに出演という特大イベント。  まさか自分に、こんなチャンスがやってこようとは!  ――やります!  【フラワーむらかみ】の村上さんから尋ねられたとき、吟子は二つ返事でOKした。  当然だ。こんな機会はそうそうないのだから。  ――やってくれるのね? それじゃ、向こうの会社に伝えてみるわ。  村上さんはそう言った。吟子は「よろしくお願いします」とだけ言って、それから――ニッタラニッタラ、不気味な笑みを浮かべつつ、支店に舞い戻ったものだ。  それから数日が経ち、 「うぇへ、うぇへ、うぇへへへへ」  この有様である。  そんな吟子を見つめる、中年男が三人。 「……次長。五十嵐さんは、なにを喜んでいるんだ」 「さあ。前々からちょっと変わった子でしたからねえ。代理はなにか知っとるか?」 「分かりませんね。恋人でもできたのでしょうか」  支店長。  次長。  支店長代理。  光瀬町支店のスリートップである。  神山銀行は、支店長、次長、代理、係長、ヒラ行員の順番で偉い。     
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