お風呂という場所

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「…さてー、そろそろ上がるかぁ」  よっこらせ、と年寄りくさい台詞を吐いて立ち上がる。ざばん、と音を立てて、体を覆っていた湯から上がると、名残り惜しむようにぽたぽたと水が滴った。ピッと体を払い、水滴を落として浴室から出ると、ひやりとした空気が出迎えてくれる。春ももうすぐそこではあるけれど、夜はまだまだ冷えるようだ。纏わりついた水滴をタオルで拭い、下着を身に着けていく。いつもの日常がそこにあった。  だから、その時はまだ気づかなかった。自分の部屋に起こった異変に。  浴槽は、異世界に繋がっている。そんな妄想をしながら日々を生きていた。  しかし、現実はそうではなかった。  異世界に繋がっていたのは、浴槽ではなく─── 「やぁ、こんばんは!」 「…は、はあぁぁぁぁぁ!?」  脱衣所から出て、一つしかない部屋に向かう途中、尿意を催してトイレの扉を開けると、そこには素っ裸のイケメンの先客がいた。  いやいやいや、ちょっと待って。え? ここ自分ちだよね? デパートのトイレとかじゃないよね? なんで先客がいるの? ていうか、え? なんでこの人、服着てねぇの!?  温かい湯に浸かり、体の芯まで温まった自分を待っていたのは、なぜかトイレですっぽんぽんで爽やかに笑うイケメンのお兄さんだった。  ちょっと、よくわからない。全然状況が理解できないし、なんなら理解したくもない。ただ一つ言えるのは、異世界に繋がっていたのは、浴槽ではなく、どうやらトイレのほうだったらしい、ということだけだ。 「しばらくお世話になりますっ!」 「……!!」  ニコッ、と屈託なく笑うその顔に、最早言葉も出ない。  クソッ、そんな邪気のない顔で笑うんじゃない! なんだか許してしまいそうになるでしょうが!! こうして、突如現れたイケメンと、予想も期待もしていなかった謎の共同生活が幕を開けた。 END.
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