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いつの間にか瞼から零れた滴に気づいて少年は、その部屋には眠りについている彼女以外に誰もいないのに慌てて拭い取り、誤魔化すように咳払いをする。
「…………じゃあ、今日はこれで」
これ以上ここに居ては、塞き止めようと努めている感情が決壊するかもしれないと判断し、少年は一言だけ寝ている少女に告げてその場から離れた。
白い部屋で眠る少女は返事をしない。
病室で深い眠りついているだけであった。
少年は以前に買っておいた古い本を何冊か持ち出し、自身の無地でシンプルなデザインの手提げ鞄の中に入れる。さすがにいつまでも置いておくわけにはいかない。それでも看護師に文句を言われない絶妙なギリギリの量を残している。
いつ目が覚めても良いように、だ。
少年は部屋から出て数歩だけ歩くと立ち止まり、彼女が眠っていた部屋に向かって振り返り、一瞥する。ネームプレートには部屋番号“五〇三”と彼女の名前――“朱堂美雪様”と書かれていた。
それを見てほんの少し項垂れ気味で再び外へと歩き出す。清潔感のある廊下をスリッパで歩く度、カサっと擦れる音がする。足取りが無意識に重くなっていた事に少年は気づかぬまま、静かに病院を後にした。
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