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傍観者である彼をただ一人だけ、振り回せた存在が朱堂美雪であった。
一つ上の学年であった朱堂美雪は頭脳明晰、容姿端麗、表向きは人当たりも良く性格は良い。絵に描いたような理想像の体現であった。……“表向きは”。
長い黒い髪と少し気が強そうな瞳、醸し出す雰囲気は大人びた印象を与えるが、その実態は……颯汰も掴み損ねている。
彼女との出会いは颯汰が幼稚園児の頃からとなるが、颯汰が小学校三年生の頃から中学校三年生までの六年間、彼女は両親の都合で引っ越していた。子供にとって長い年月であるが、颯汰は夏の川で溺れた日に救われてから彼女の事を一時も忘れた事はなかった。
しかし、朱堂美雪は立花颯汰が高校入学するのとほぼ同じタイミングでここ伊坂市に帰ってきたが、一学年だけとはいえ学年が違う異性であるから関わる事は少ないだろう、と颯汰は思っていた。寂しいようで恥ずかしさもあり、それを表に出す事はしなかった。
関わる事は少ない――その考えが一日もしない内に崩れ去り、平凡な日常は終わってしまったが、不思議と不快感はなかったと言える。
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