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「彼方、おはよう」
「おはよう桜。今日は早いじゃん?」
私と桜が出会ったのは高校の入学式の日。入学式の後、ガヤガヤと沸き立っている教室の中で、誰とも話さず沢山の写真の切り抜きを貼ったノートを見ていた彼女に、私が話し掛けたのだ。
なぜ話し掛けたかというと、多分、桜が写真好きなのではないかと思ったからだろう。
私も写真が好きで、高校の合格祝いにコンパクトカメラを一台買って貰っていた位には写真が好きだ。
それで、どんな写真が好きなのかと桜に訊ねたら、彼女が好きなのは写真その物ではなく、靴だった。雑誌に載った靴の写真を切り取って、スクラップしているのだという。
なるほど、靴が好きなのかと何故だか妙に納得した。靴の話をする桜は、教室の中に居る他の誰よりも、始まりの季節に相応しい表情をしていたように思う。
その出会いから一年が過ぎた。桜は相変わらず靴の写真をスクラップしていたし、デザイン画を描くのも好きなようだった。それと、私が写真好きだというのを知ってからは、お気に入りの靴の写真を撮って欲しいと頼まれることもあった。
お気に入りの靴を履いた桜と一緒に、公園や川沿い、遊園地、いろいろな楽しい所へ出かけて、彼女の履いている靴の写真を沢山撮った。それはあまりにも幸福な時間で、けれどもなにか、物足りない感じがした。
桜がやって来たこの教室は、まだ時間が早いせいか生徒がまばらにしか居ない。私の前の席から椅子を借りた桜に、私はにっと笑って紙の表紙のフォトアルバムを見せる。
「こないだの写真、出来たよ」
「ほんと? いくらくらいだった?」
桜はいつも、フィルムと現像、それに焼き増しの料金を折半してくれる。写真を撮るのは私の趣味なのだから、焼き増し代以外はいいと言ったのだけれど、それでも、自分の要望で撮って貰っているのだからと、いつもこの調子だ。
写真を見て表情を崩した桜が言う。
「私も、自分で靴を作って見たいなぁ」
それはこの年頃特有のたわいない夢物語のように聞こえた。けれども、本当に桜が靴を作ったとしたのなら。幸福な時間の中で感じた物足りなさが埋まるのではないかと、そう思った。
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