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新しい父親は優しい。学校の行事には有休を取って必ず参加し、絵やテストの点を褒めてくれる。一緒にお風呂に入るのは嫌で嫌で心がちぎれそうに痛かったが友美は我慢した。父親の股間を見ないように細心の注意を払い、鳥肌がたつほどの気持ち悪さを堪えて湯船に一緒につかった。今日学校であったことを話すと新しい父親は喜んだ。自分は新しい父親と仲良くしなければならない、自分と父親が仲良くさえすれば本物の家族になれると、三年生の友美は思っていた。母や新しい父に心配をかけないよう頑張っているうちに友美の顔には笑顔が貼り付いて取れなくなった。笑いたくなくても顔が笑う。怒られても、誉められても、名前を呼ばれるだけでも、笑顔になってしまう。なんにも面白くないのに笑ってしまうことが、この時の友美は悪いことだとは思っていなかった。 夏休みが終わり新しい名字で学校に行くと転校生が紹介された。陽子ちゃんだった。兵庫県から来た陽子ちゃんの、おかっぱ頭の前髪が寝癖で跳ねていた。朝早く起きられなかったのかなと友美は思った。 陽子ちゃんの席は友美の隣で、席に着くなり「なんて名前?」と聞いてきた。 「友美」新しい名字を名乗りたくなかった友美は下の名前だけを答える。 「わたし陽子。よろしくな、友美ちゃん」 陽子ちゃんのほっぺはむちむちと弾力の良さそうな艶があった。 「よろしく」友美が言うと陽子ちゃんは他の歯に比べてずいぶん大きな前歯を見せて、にかっと笑った。 陽子ちゃんをクラスの子達は良く思っていなかった。関西弁は馴染みがなく、力強い声量がよけいに威圧感を与えるようで、「なんかえらそう」「うるさい」「汚い」とみんなが言う陰口が、終わりの会の頃には友美の耳にも入っていた。 「一緒に帰ろう」 陽子ちゃんに誘われて友美は一緒に帰った。「好きな食べ物は?」「好きなアニメは?」「好きな教科は?」陽子ちゃんは次々に質問をしてくる。そのどれもが好きな何かについてだった。友美は答えるのが楽しかった。自分が何を好きか考えるのは心が明るくなる。     
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