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「じゃあ好きな場所は?」
陽子ちゃんに訊かれて友美は口ごもる。母と二人で暮らしていた古いアパートが浮かぶ。
「あけぼの荘」
「なにそれ、どこ? 今から行こうや」
陽子ちゃんは目を真ん丸くして秘密の基地を目指すような期待に満ちた顔で言う。
「もう行けないんだ」
「なんで?」
「引っ越したから」
「そうなん。遠いん?」
「遠くはないけど……」
「ほんなら行こうや、友美ちゃんの好きな場所なんやろ?」
友美は迷った。でも陽子ちゃんとなら行っても良いような気がして、「いいよ」と答えた。
引っ越して以来初めて、あけぼの荘へ向かう。懐かしい道の途中で自動販売機を陽子ちゃんに紹介する。
「ここの自動販売機は全部100円なんだよ。お母さんと一緒によく買いに来たんだ。ジャンケンして、勝った方が選んだ一個だけを買って、交代で飲むんだ」
言い終わって友美は泣きそうになったので慌てて息を止めた。泣きそうになった自分にびっくりした。
陽子ちゃんが何か言ったけど友美は振り返らずに走った。角を曲がるとあけぼの荘があった。
強い日射しに照らされるひびの入った古い外壁。
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