第1章 1-裏側

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 俺を凍りつかせたあの恐ろしい瞬間が、もう遠い出来事なのだ。 「なぁ、どこまで行くんだよ、どこに行くのさ……!」  泣きそうな声でそう問いかけるけど、前を行く男は振り向きもせずに無言で走り続ける。 「無視すんなよ! なぁっ……」  すると突然男は振り返りながら足を止め、俺はその胸に飛び込むような形でぶつかった。 「っ!」 「……じゃあ」  冷たくて静かな声がすぅっと俺の心に入ってくる。  俺は入りこむ冷たさに息を止めた。……止めてしまった。  そして静寂に耐えかねるように男の顔を見あげると。 「……お前は、どこに行きたい?」  端正な顔が静かに俺を見つめていた。  ……あれ、なんだろう、これ。  その深く(とお)る声や妙に惹きつけられる静かな瞳のせいなのか、荒れ狂っていた心が一気に静まり変にざわついた。  未だに上がっている呼吸をよそに、生ぬるい風がゆったり頬をなでていく。  雨上がりの夜の、ねっとりとした空気が肌にまとわりついた。気持ち悪い鬱陶しさだ。  いつの間にか周囲にあった樹の落葉が髪を撫でて、ゆらゆらと堕ちていく。  俺は体裁など気にする余裕もなく、その男にすがりつきながら震える声で言った。     
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