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第1章 1-裏側
[視点:仙崎千尋]
「……俺、おれっ……どうしたらいいかわかんねぇ……!」
暗い道をふたつの足音が駆けていく。
心臓が、おかしくなりそうなくらい脈打っていた。
走っているからという理由だけじゃない。恐ろしい状況に追い詰められているから、だ。
脳の芯が凍っていた。背筋を通り抜ける風もやけに冷たく感じる。
なのに体全身の表面の皮膚だけが狂うほど、火照る感覚に捕らわれていた。
俺はもう、前を走っているこいつに縋るしかないのかもしれない。
こんな……血に塗れた俺の手を引いてくれる、こいつを。
繋いだ手の温度差が怖かった。
気が狂いそうなほど熱く感じる俺の手に比べて、こいつの手は信じられないほど冷たい。
まるで心が随分遠くにあるような気がして怖くなる。今この手を離されれば俺はもう何も見えなくなるだろう。
『この手を離さないで』
そう願うように強く手を握れば、自分の手になにか突っ張る感覚がした。
……あぁ、乾いている。
さっきまでぬるぬるとしていたはずの赤黒い液体が乾いてカサカサになっていた。
まるで手にこびりついている、錆のように。
その錆に時間の経過を感じた。
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