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私はその日、運が悪かった。
雨が降っていてやたら混んでいたバス。
いつもなら同じバス停から乗り込む女友達は親に車で送ってもらうと連絡してきていた。
乗り込んだバスは身動きが取れないほど混み合っていて、高い湿度に窓が曇っていた。
私はバスの中ほどで、圧されるようにしながらバスの揺れに耐えるしかなかった。
人いきれ、誰かの甘い香水。
息が詰まりそうだった。
それに加え、お尻に何かがぶつかっていて、痴漢かどうかも分からず、動くことも叶わず、ひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。
「向井、向井理緒」
私は目の前の一人席に座る、同じ学校の制服に身を包んだ男子に名前を呼ばれて驚いた。
「ここ座んな」
私が驚いたことなど気がついてもいないのか、淡々とそう言うと、さっと立ち上がって私を自分が座っていた席に座らせた。
私はその知らない男子を見て「あの……ありがとうございます。名前……」と言うと、その男子は私のスクールバッグに付けてあるパスケースを長い指でさして言う。
「そこに書いてあった」
素っ気ないほど短い返事。
私は聞けなかった。
そうじゃなくて、キミの名前を聞きたかったのに。
そんな、キミとの出会いから既に二年が過ぎていた。
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