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『……やっと目覚めたのね、つむぎ。あなたは、わたし。わたしは300年、あなたが生まれ出るのを待っていた。今こそ、わたしの願いを叶える時』
赤い着物に日本髪を結った、美しい少女だった。真っ白い肌に濡れたような黒髪。整った目鼻に続く、その唇は炎を灯したごとく、紅い。
『愛した人がいるの。300年間、思い続けてきたわ。わたしの想いを、とげてちょうだい。この身を縛りつける恋の鎖から、わたしを解き放ってちょうだい。もしこの想い、とげられぬまま次の新月が来たら……』
病室の隅にたたずむその少女から、突如として真っ黒い煙がしゅうしゅうと立ちのぼった。まるで生きもののようにうごめくその煙は、空間をヘビのようにうねったかと思うと、あたしの身体に巻きついてくる。
あたしは声を上げた。動きづらい手で、必死にお父さんの後ろを指さすのに、お父さんもお母さんも、看護師さんすらこの状況に気づいてくれない。
『……ムダよ。わたしはあんたにしか見えない。ねえ、この想いが叶わぬまま次の新月が来たら、わたしは悪霊になるの。こうやってあんたをしめ殺すことも、他人に害をなすことも簡単にできるわ』
少女の顔が途端にみにくく崩れる。目はつり上がり、肌はシワに垂れ、日本髪はふり乱した白髪に変わった。美しい打掛はみすぼらしい麻の着物に、足元は泥だらけの草履に。そして何よりその頭には、大きく長い2本のツノが生えているではないか。
「……やっ! お、お母さん、あれっ、あれ、おにっ……!」
あたしは鬼と化した少女を指さし、必死に声を張り上げた。恐ろしさに、お母さんの手を強く握る。
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