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「竹ちゃん、ごめんね。お願いしてもいい? つむぎ、早くお風呂に入って寝るのよ。じゃ竹ちゃん、よろしくね」
それだけ言って、お母さんはまたホールへと消えていった。竹島さんがエプロンを外そうとしているのを見て、あたしはあわててそれを止める。
「だ、大丈夫だよ竹島さん。あたし、一人で帰れるから。すぐそこだもん、心配しないで。まだオーダー入るかも知れないし、迷惑かけられない」
エプロンを外し、タイムカードのとなりにかけて、あたしは急いでお財布を手にとった。誰にも声をかけるヒマを与えず、裏口のドアを開ける。
「じゃ、お父さん、帰るね。竹島さん、湯山さん、お疲れ様でした」
ドアの向こうで竹島さんが何か言ったようだったけど、もう聞こえなかった。あたしは足早に、暗い歩道を家へと急いだ。
その後の事は、実はあんまり覚えていない。
道がやけに暗くって、街頭の電球が切れてるのかなあなんて考えながら、あたしは家路を急いでいた。
すると突然、右手から何か大きいものが飛び出してきて。
声を出すヒマもなく、あたしの身体は倒されるがままに、歩道に叩きつけられていた。
「大丈夫っ? 君、大丈夫か! おい、お前待てっ、逃げる気か! 待て貴様っ……!」
誰かが叫んでいるのを聞きながら、あたしは自分の意識が、深い闇のはざまに飲まれていくのを感じていた。
温かく優しい闇が、すべての感覚を包み込む。
なぜか抵抗する気が起きなくて、こうやって人は死ぬのかと、あたしは妙に納得して……。
静かに、目を閉じたのだった。
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