3章

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今までの縁はやり場のない恋心を作品にぶつけてきた。しかし三好の結婚が決まったことで、湧き上がる創作意欲が全くなくなってしまったのだ。 結婚は人生の区切りだ。人生を共に歩んでいくパートナーを見つけた三好は、これから家族をつくっていくことになるだろう。そんな三好のことを、想像の中だけでも想うことはできなかった。 想うだけなら自由だなんて、以前はよくそんなことを考えられたものだ。独身であることと、結婚を約束していることは天と地ほど差があるというのに。 「失恋したから書けなくなったなんて、本当に情けない話なんだけどね」 事情を知られているどころか、伊住には泣き顔まで見られている。今さら隠しておくのもばかばかしくて、スランプの原因を洗いざらい話してしまった。 どうしようもないダメ作家と軽蔑されただろうか──なんて思う間もなく、真剣な顔をした伊住が縁の両手をぎゅっと包み込んだ。はじめて伊住がやって来たあの日のように、その状態で目を逸らすことなく見つめてくる。 「恋愛が創作の原動力になるんだったら、俺と恋をしてみませんか?」 「……はい?」 「恋愛代行です。佐々木縁さんとして今すぐ誰かを好きになるのはムリでも、執筆のために『佐々木ヨリコ』先生として、試しに俺と恋をしてみるのはどうでしょう」 代行。それは本人に事情がある場合、代わって職務を全うすることを指す。 恋愛を代行するとは、あまりに突飛すぎる。 だけど冗談だと笑い飛ばすには、伊住の目に熱がこもりすぎている。大きくてがっしりとした手も、緊張しているかのように微かに震えていた。 「リリーの新しいプランの紹介とか、そういう……?」 「違います。俺個人としてのお願いです。とりあえず期間は一ヶ月。その間に先生がスランプを脱したらその時点で終了で構いません。だからどうか一ヶ月だけ、お願いします!」 一か月の間に何かが変わるとも思えない。今までの縁なら、考える間もなく答えは決まっていただろう。 たった一ヶ月。されど一ヶ月。 スランプを脱するかどうか、目の前にいる男に賭けてみるのも悪くない。 「不束者だけど……今日から一ヶ月よろしくね、伊住くん」
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