1章

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1章

「えっ、用事が入った?」 耳に押し当てたスマホから、やけに大きなため息が返ってきた。呆れ返っている空気がひしひしと伝わってくる。 「忙しいのはわかるけど、そこをなんとか!」 「無理。こっちだって繁忙期なんだから」 「頼むよ、本当にどうにかしないとまずいんだって!」 「だから無理なものは無理」 無理。頼む。できない。お願いだから。 お互いの意見は平行線上を辿り、交わる様子もなく、時間だけが過ぎていく。 通話相手には伝わらないことを承知の上で、スマホ片手に土下座する。メガネがずり落ちても構うことなく、床に額を擦りつけるばかりの勢いだ。 追い詰められた今の縁(より)にはプライドなどない。 「そうだ、掃除するだけなんだからプロに頼めばいいんだよ。うん、それがいい。今、家事代行サービス頼んだから。料金は後払い、到着は1時間後。じゃ、そういうことで」 「待って、何がなんだかさっぱり……」 一方的に電話を切られ、縁は途方に暮れた。
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