第1章

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■  その窓枠に腰かけると、テニスコートがよく見下ろせた。  白い上下の彼女が入っていくと、後輩どもがその場でぴょこん、とおかしなお辞儀をした。  部によってお辞儀の仕方は違う。野球部では肩全体を地面に叩き落すような勢いだが、陸上部ではゆるゆるあごで会釈するだけだ。  上から見ていると、女子硬式テニス部のお辞儀はかわいらしかった。まるで地ねずみの群れが天敵に気がついてびっくりしたみたいに、一瞬ぴょこん、と飛び上がる。  先輩連がラケットの先を鷹揚にうなずかせ、さっそく黄色いボールに向かう一連の動作もいい。  空気は生ぬるく、土ぼこりの匂いが立っていた。空はいつ泣き出しても不思議でない鉛色をしている。遠くのピアノがつっかえながら「樹氷の街」の伴奏を練習している。彼女の打ち返すボールの音が重なる。  日に焼けた手足をぐんと伸ばし、彼女は思うタイミングのいつも半歩先で追いつく。つやつやしたショートカットの髪が頬にかかる頃には、ボールは相手のコートに飛びこんでいる。  忙しく行き来する黄色い軌跡を追い、俺はかすかにあごを揺らせる。    ふんわりボールが高く上がった。  待ってましたとばかりに、彼女は足を踏みこむ。渾身のスマッシュが相手のコートに突き刺さり、ボールははずんで金網にぶつかった。  彼女がおどけたガッツポーズをし、遅れて相手の笑い声が響いた。  いっしょになってにたついたところを、固いもので頭をこづかれた。  教室の中へぼんやり視線を移す。何度も名前を呼ばれていたようだ。  「若い娘がご指名」  有賀靖子が、コンポジションの教科書を構えながら、後ろの戸口をあごでしゃくった。  「ヤっちゃん何それ、妬いてるの?」  頭を押さえ窓枠から下りると、有賀は俺のすねを上履きの先で一発蹴り、机二つ向こうの女子の群れにまぎれてしまった。  なるほど、戸口には「若い娘」が二人、寄りそうようにしてこちらをうかがっている。同じような背丈で同じような髪型。もっとも、世間の八割の女子が今ではこの髪型だ。  足を引きずり近づくと、幽霊でも見るみたいに固まり後ずさる。襟についた校章の、こぶしの真ん中は赤。すると一年か。  教室から出ると、とうとう二人は廊下の向こうの壁まで追いつめられた。  「俺?」  親指で喉もとをさした。
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