第1章

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 「カンペキっす」  「そりゃそうさ、母親だってだまされるんだもん。でも、背は二センチ俺のが高いぜ」  しばらくおしゃべりをした。俺の持ちネタに「絶対弟が言いそうにないシリーズ」というのがある。二人の一年生はたやすくころころ笑った。  「若い娘はいいのお。何いっても大受けだよ。心が純粋なんだな」  同輩女子の群れを横目に自席につく。  彼女たちはいかにも軽蔑したように、揃ってまぶたを下げた。  「そりゃ、先輩に気を使ってんだべ」  「年中聞かされてりゃねえ」  「女は笑ってれば、たいていごまかせるんだよ」  口々に、夢も希望もないことをのたまう。  有賀靖子もさんざせせら笑っていたが、窓の外に目をやると、  「やばっ、もう降ってんじゃん。あたし傘持ってない」  すぐに机から下り、自分のカバンに教科書やらヘアブラシやらを流しこんだ。  「降り出したら、夜までだって言ってた」  「あたし、コンポもグラマーも全然やってない」  「またまた、そういうこと言って」  女の子たちはにぎやかに楽しそうに、一斉に帰り支度にかかった。  仲間に入りたくなる。  「俺の傘に入れてやろうか? 先着一名」  有賀が中指を突き立てた。声高に笑いながら、ほかの女子といっしょにそそくさ教室を出ていった。  誰もいないと、教室はがらんと広い。  暗くなった窓際に寄る。大粒の水滴が、窓ガラスにいくつもいくつも斜めの筋を描く。これを見ると、物理のベクトルの授業を思い出す。数限りない天からの矢印。  窓敷居に置いた指が濡れる。ピアノは激しい雨音にかき消され、テニスコートにはもう人影がなかった。墨を撒いたような雲の下、土ぼこりの匂いがいっそう強く鼻を抜けた。  「ひぐっちゃん二号!」  昇降口で声をかけられた。  「おい、二号って」  ラケットを抱えた彼女が立っていた。濡れたウェアにスポーツブラが透けている。  すばやく目を走らせてから、俺は手にした傘を気にする振りをした。  自分の鞄は置いてき、弟のバッグだけ担いでいる。真似をしたままだということを忘れていた。笑い出しそうになるのを腹に押しとどめ、  「人を番号で呼ぶな。それも二号とは、世間の誤解を呼ぶ」  なりきった神経質な声を出した。  「お疲れさまでーす」  群れた後輩たちがぴょこんと飛びはねお辞儀をし、どやどや彼女を追いこしていった。  「バイバイ」
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