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「カンペキっす」
「そりゃそうさ、母親だってだまされるんだもん。でも、背は二センチ俺のが高いぜ」
しばらくおしゃべりをした。俺の持ちネタに「絶対弟が言いそうにないシリーズ」というのがある。二人の一年生はたやすくころころ笑った。
「若い娘はいいのお。何いっても大受けだよ。心が純粋なんだな」
同輩女子の群れを横目に自席につく。
彼女たちはいかにも軽蔑したように、揃ってまぶたを下げた。
「そりゃ、先輩に気を使ってんだべ」
「年中聞かされてりゃねえ」
「女は笑ってれば、たいていごまかせるんだよ」
口々に、夢も希望もないことをのたまう。
有賀靖子もさんざせせら笑っていたが、窓の外に目をやると、
「やばっ、もう降ってんじゃん。あたし傘持ってない」
すぐに机から下り、自分のカバンに教科書やらヘアブラシやらを流しこんだ。
「降り出したら、夜までだって言ってた」
「あたし、コンポもグラマーも全然やってない」
「またまた、そういうこと言って」
女の子たちはにぎやかに楽しそうに、一斉に帰り支度にかかった。
仲間に入りたくなる。
「俺の傘に入れてやろうか? 先着一名」
有賀が中指を突き立てた。声高に笑いながら、ほかの女子といっしょにそそくさ教室を出ていった。
誰もいないと、教室はがらんと広い。
暗くなった窓際に寄る。大粒の水滴が、窓ガラスにいくつもいくつも斜めの筋を描く。これを見ると、物理のベクトルの授業を思い出す。数限りない天からの矢印。
窓敷居に置いた指が濡れる。ピアノは激しい雨音にかき消され、テニスコートにはもう人影がなかった。墨を撒いたような雲の下、土ぼこりの匂いがいっそう強く鼻を抜けた。
「ひぐっちゃん二号!」
昇降口で声をかけられた。
「おい、二号って」
ラケットを抱えた彼女が立っていた。濡れたウェアにスポーツブラが透けている。
すばやく目を走らせてから、俺は手にした傘を気にする振りをした。
自分の鞄は置いてき、弟のバッグだけ担いでいる。真似をしたままだということを忘れていた。笑い出しそうになるのを腹に押しとどめ、
「人を番号で呼ぶな。それも二号とは、世間の誤解を呼ぶ」
なりきった神経質な声を出した。
「お疲れさまでーす」
群れた後輩たちがぴょこんと飛びはねお辞儀をし、どやどや彼女を追いこしていった。
「バイバイ」
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