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カップを両手ではさんだ。女の表情をうかがいながら、できるだけ軽い調子で言った。
「子ども本人が望むなら、これからも父親に会わせたほうがいい……かなって」
女の視線が強まる。
とたん、言葉が喉の奥でからまった。
「いや、あの、これは……多くの先例に基づいてまして……」
ごまかすように咳をした。
女はあごを上げ、うんざりした表情になった。
「私は再婚するの。あの子には新しい父親ができる。父親が二人いるなんて、不自然でしょ。新しい環境にうまくなじめなければ、かわいそうなのはあの子なの。その点、氷室とも話し合って合意したんだから。よってたかって私を悪者にしないで」
子どもみたいに、ちょっと口をとがらせた。
俺はマグカップを置き、鼻の横をこすった。口の中で言葉をこねるようにつぶやく。
女は眉をしかめた。
「なんて?」
俺は自分の前髪をかきまわし、今度ははっきり言った。
「再婚なんてやめろよ。あんたみたいにいい女が、もったいない」
指の間から反応をうかがう。
女は怒りはしなかった。鼻でかすかに笑った。
「大きな独り言だこと」
「そうですそうです。家族の問題だ。他人の俺には関係のないことでした。あの」
ソファから立ち上がり、女に近づいた。
「どうしたの?」
落ち着かない素振りで、女もその場に立ち上がった。
思ったより顔が近くなり、お互い一歩引いた。緊張にじかに触れるようだ。
しかし女は、俺を恐れても嫌がってもいない。
「あの……」
女から目をそらせ、わずかに息を切らせた。
「……トイレ貸してください。もれそうだ」
ため息が耳をかすめた。
「その向こう、一番近いドアよ」
同じようなドアがいくつも並んでいる。
リビングから廊下に出て、一番近いドアはなるほど、女が言うとおりトイレだ。
リビングドアのガラスを透かせ、女をうかがう。そっぽを向きコーヒーを飲んでいる。
その隣のドアを開ける。
青い壁紙の子ども部屋だった。モデルルームのようにきちんと片付いている。勉強机と本棚とベッド。シーツの隅には空色のパジャマがたたんで置いてあった。
あの子が、ひっそりここに眠る様子が目に浮かぶ。寝息まできっと遠慮がちに違いない。さっと目を走らせてから扉を閉めた。
その向かいが女の寝室だろう。リビングを気にしながらもドアを開けた。
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