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ダブルベッドとドレッサーがあり、他の家具はすべて天井まで壁に作りつけてあった。先生と結婚したときに、女の実家で買ってもらったマンションだそうだが、贅沢な作りだ。
そっと踏みこむと、毛足の長いラグに爪先がうもれた。彼女のベッドもぴんと片付いていた。ベッドカバーの上から手探りで枕を探す。
背中で空気が動いた。
「そこ、トイレじゃないんだけど」
ゆっくり振り返る。
女は腕を組み、ドアの枠にもたれていた。
俺は咳払いを一つしてベッドから身を起こした。間延びした声を出す。
「あれ、間違えた」
近づいたが彼女は逃げない。
息がかかるほど耳の近くに顔を寄せた。
「いくつか、あなたの失われた結婚生活について質問したいんだけど」
女はぐいと首を振り、しっかり俺に目を合わせた。
「それは調査上必要なの? それとも個人的な興味?」
きれいな指が伸び、俺の頬に冷たく触れた。仕事のある日はマニキュアをしないようだ。体の芯がぞくりと痛む。
そのまま指先は唇をなぞる。
「ねえ探偵さん」
「はい」
かすれた返事しかできない。
「口開けて」
「え?」
間抜けな声で聞き返した。
「いいから! 大きく!」
女は強引に俺の口をこじ開け、喉の奥をのぞいた。
「気道が狭まってるみたいだけど、ちょっと暗くてわからない。はい、大きく息を吸って、ゆっくりと吐く」
今度は耳をぴったりと胸にあてた。柔らかな髪が喉にあたる。
「ちょっと引っかかるね、朝晩、痰がからむでしょ」
ちょうど咳が出かかり、俺は口を押さえた。
「タバコやめて、薬使えばずいぶん楽になるわよ。まずは病院の呼吸器内科に行って、ちゃんと診てもらいなさい。面倒な病気でないといいわね」
にこりとし、背中をばんとはたいた。
こっちも笑おうとしたが、口がうまく動かない。
女は笑いをしまいこんだ。
「今回は助かった。だけど、これっきりにしてちょうだい、もぐりの探偵さん。今度はあっちについたの? 素敵な身の軽さよね」
「ちょっと待ってよ、誤解しないでくれ」
手を握ろうとしたら、するりとかわされた。
「あなた、相当な自信家みたいだけど、これ以上、私やゆきのまわりを嗅ぎまわったら、ためらいなく警察に通報するからね。あなたは小学校の先生ではないから、その程度では社会的に抹殺されないでしょ?」
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