第1章

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 ひぐっちゃんは別にいやがってるわけでもないらしいけど、とにかく元気がない。だまりこくって、ぼんやりした顔で、あんなにもらったあめを口の中で転がしていた。  あたしはじっと横顔を観察した。  ケガもしてないのに自分から病院に行くなんて、本当にぐあいが悪いのかもしんない。  受付を通ったら、血を抜かれたり、息をはいたり、エックス線写真をとられたり、いろんな検査を受けさせられた。それで疲れちゃったのかな。  あたしはひぐっちゃんの手をにぎった。いつもだったら、「くっつくな」とかいってふりはらうのに、今日はにぎられたまんまだ。がさがさして冷たくて、かさぶただらけの手だ。  「どこか気持ち悪い?」  ひぐっちゃんはゆっくりあたしを見た。なにか話そうと口を開けたが、出たのはいちごのかおりのため息だった。  ぽーんと、音がして、新しい数字が大きなテレビに映った。  手にした受付票と数字を見くらべる。  「ちょっと、行ってくるわ」  かすれた声で立ち上がって、ぼりぼりあめをかみくだいた。  ずっしり重いコートをあずかった。  たくさんあるドアの一つに消えていった背中を見送って、あたしはコートをぎゅっとにぎった。   ■  胸のエックス線写真が貼られた。  日頃は慎み深い骨と肺をあからさまにされ、思わず、丸椅子の上で体をよじった。  医師は検査結果と問診票を交互に見ている。  「小さいときにじんましんがあったの?」  「はい、高いハムとか食べると」  「とりあえず、胸の音を聞かせて」  聴診器と同じくらい冷たい指先があたる。  大きなため息をつくうちすぐに済んで、医師はPCのマウスをかちかち鳴らし、手元の紙にさらさら書きこんだ。ペンを走らせながら簡単に言った。  「やっぱり気管支喘息でしょう。薬で様子をみましょう。しゅっと吸う、粉の薬を出しますから、朝晩ちゃんと吸ってください。そのあと必ずうがいをすること。で、タバコはもちろんダメ」  「夜眠れないんです」  医師はやっとこちらに顔を向けた。  「そんなに咳がひどい?」  俺は芝居がかり、胸をかきむしる動作をする。  「いえ、咳というより胸が苦しいんです。やっと眠っても、怖い夢ばかり見て」  医師は少しばかり面白そうな顔になった。こちらに椅子を回し、足を組んだ。  「どんな夢?」  うまい具合に返せなかった。  「内容はまあ……恥ずかしいので勘弁」
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