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「寒いの? みずき」
あたしはあずかったコートをかたからひっかけて、両方のぐうをひざにおいていた。そこへなみだがぽつん、と落ちた。
「どうした?」
ひぐっちゃんはびっくりしたみたい。となりにすわった。少し迷って、あたしの手に手をかぶせた。
どきんとしたけど、あたしは動かなかった。
「ひぐっちゃん、病気なの?」
ひぐっちゃんはちょっと黒目を動かした。答えるまでにすこし間があった。
「大したことなかった。薬でよくなるって」
あたしは全身を固くして、目をのぞきこんだ。
「だいじょぶなの? 今は苦しくない?」
ひぐっちゃんは手を離した。ほっぺたをぽりぽりかく。
「全然。もしかして……心配してくれた?」
かたのそでで、あわててなみだをふいた。
「だって、すごくぐあい悪そうだったから、さっき」
ひぐっちゃんはあたしからコートをとった。すわったままきゅうくつに着て、ポケットからサングラスを出してかけた。
「さっき? ああ、ちょい考え事」
「なに? 調査のこと?」
「いやな……」
ひぐっちゃんは思い出しわらいをがまんするみたいに、手のひらで口をおさえた。
「……やっぱ、教えない。だって、みずきすぐ怒るから」
あたしはまゆ毛とまゆ毛の間にしわをよせた。
「すぐおこる、って?」
大きい声が出た。
「さては女のことだ。もう、信じられない、あたしがこんなに……」
ひぐっちゃんはあせってあたりを見回した。
「ばか、こんなところで」
まわりの人たちは知らんぷりしているけど、耳だけはしっかりと向けてる。
なにしろ、みんな長く待たされてたいくつなんだ。中年男と女子小学生のけんかなんて、そりゃけっこうおもしろいかもね。
でもあたしはそんなに、みんなをおもしろがらせたくない。ランドセルを持って立った。
「帰る」
「あー、そうそう、うらなり先生最近どう?」
ひぐっちゃんはわざとらしく声をはりあげて、いっしょに立った。あたしのかたをつかんでいっしょに歩きだす。
だから待合室の人たちは、話の続きを聞けなかった。
「さわんないで」
かたをふって、手をはじいた。
ひぐっちゃんはにやにやわらいながらついてくる。
「だから、おまえの担任はどうよ」
「別に。全然変わんない。いつものアイスマンだよ」
あたしは口をとんがらせながら、うつむいた。
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