第1章

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 「なんだか、あのレストランで見た先生のほうが、まぼろしだったみたい。先生はあたしの顔見てもなんにもいわないし。でもね……」  歩きながら、てかてか光るゆかと自分のつま先を見た。  「氷室先生は変わらないんだけど、この前の職員室の前の……あれを、見てた人がいっぱいいたから」  「あれって、美人にぴしゃりって、やつ?」  ひぐっちゃんは、ピンポンのすぶりみたいにうでをふりまわす。  「かげでこそこそいう子とかいるの。ほかのクラスにもうちのクラスにも。なんかヤな感じ」  あの場にいたスカシの洋が、なにもしゃべんないのはうれしかった。けっこう見直しちゃったかも。  「俺だったら、自慢だけどな。あの女はポイント高かった。うらなり先生は男を上げたよ。まったく子どもってのは、ものの価値がわからんのだなあ。俺も叩かれてえ」  あんまりくだらないのでムシしようとしたけど、急に思い出して、顔を上げた。  「あ、そうだ、こないだのカンニング、自首してがっつり怒られたんだから」  「カンニング?」  ひぐっちゃんは髪を耳にかきあげ、首をひねった。全然思いつかないみたい。  「図書室で、多摩川さんが資料探し手伝ってくれたでしょ。あれも、自分でやんなきゃいけなかったんだよ」  「リポートにまとめたのは、みずきの実力じゃん」  「おかげで、スカシの洋といっしょにいのこって、作文三枚書くハメになったんだから。多摩川さんにもいっといて、すっごいめいわくでしたって」  ひぐっちゃんはへっぴりごしになって、あたしに顔を近づけた。  「鏡子さんにも言う?」  「かくして、アイスマンからチクられたらどうするの? それこそヒサンよ。もちろん正直に告白します。ワシントンの伝記、知らないの?」  「それ、俺の発案だからね、多摩川は関係ないから」  あたしは目を細くして、ひぐっちゃんを見た。  「ヘン」  ひぐっちゃんは背筋をのばして、目をそらせた。  「さて、なんのことやら」  「前から聞きたかったんだけど、ひぐっちゃんって、いつから多摩川さんとそんなになかよくなったの? 二人そろって学校来たりして。あれ、どっちがさそったの?」  ひぐっちゃんはすたすた早足になって、先に立った。  「仲良くちゃいけませんか? 悪いよりずっといいでしょ。仲良きことは美しき哉なんですよ。武者小路実篤知らないの?」  あたしはさっさと追いついた。
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